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物質と心:二元論が正しい

 投稿者:ナオ  投稿日:2011年 2月 5日(土)17時05分46秒
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  科学は人類の共通認識であり、絶対的である。科学に反することは、今だかつて一度もない。人が生き返るとか、永遠の魂というのは、神話やお伽話の世界でのことだ。
心の問題は、科学では扱いづらい。それは個人の感覚や価値の問題が大きいからだ。しかし、意識や心の変化には、必ずそれに主に脳内における何らかの物質的変化が付随しているはずだ。脳内の電子あるいは物質の変化なくしては、意識の働きはあり得ない。したがって、科学によって意識の働きは解明されうる。それもよく知られた化学・物理の法則によって・・・。
しかしながら自意識の存在そのもの、つまり私とはなにかという問題は、この世界とはなにか、宇宙はなぜ存在するのかということと同様に、科学では解明され得ない。それは哲学的問題、あるいは個人や民族における問題であり、万人に共通のものである科学の問題ではない。それに何らかの解答を得ようとするなら、それに関する神話や宗教を創造するしかないし、実際そういうものは私たちの周りにたくさん存在する。具体的には仏教の経典である般若心経あたりが、的を得ているのではないだろうか。また、「私」は脳が(科学的に)生成するというよりも、社会や時間的厚みを持った歴史がその生成に深くかかわっているように思える。
結局ここで何をいいたいのかというと、意識問題は、まず科学で扱えることと扱えないことのラインを自覚しておきたいということ。
物質的世界がすべてであって心というのは幻想にすぎないという唯物論でなく、この全宇宙は心によって生み出されているという唯心論でもなく、確固とした物質世界とそれにしっかりと付随して心の世界があるという二元論でものごとを考えるのが正しいのであり、一般常識にも適合する、と確信を持って言えるのです。
 
 
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