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ご返事頂きまして恐縮です。先生と直接コンタクトが出来まして嬉しく思います。その後、色々な
事を思い出しました。私は幼少の頃からくどいとよく言われ、色々と大人に対して質問攻めをして
いたようですが、成人してからも同じで現在も仕事面では少々くどいと社員に言われます。私の
従兄に歯科医がおりました。(20才程年上でもう亡くなってますが)高校生の時だったと思います。歯痛に関して質問したことがあります。(歯根膜炎末期の激痛を味わっている時でした)
< 歯痛は何故嫌なのだろうか。>
それに対する問答は以下の通りだったと思います。
従兄 : 痛みの刺激が脳に伝達されると痛く感じるから。
私 : そんなこと聞いているのでは無く、痛みの刺激は何故嫌と感じるかが聞きたい。
従兄 : 元来、生体には生存に不適切な状況を避ける為に色々な仕組みが出来ている。痛み
の信号は危険回避の為の信号なので緊急に対応を生体が行わざるを得ないよう、
現状からなんとか離脱させようとする目的で、「嫌」と感じる。
私 : 仕組みを聞いているのではない。仕組みの先にある「嫌」と感じる、判断する仕組 が知りたい。
従兄 : それは脳だ。
私 : 脳だって仕組み。仕組みを聞いているのではない。
従兄 : 一体、何が聞きたいの。
私 : ・・・・・。とにかく直して下さい。
結局、歯根に穴を空けて貰い、一気に排膿した途端嘘のように「嫌」な痛みが薄れていきまし
た。
確かに「痛い」と感じている「自分」は「いる」らしいが、もしかして「いる」と錯覚して
いるのではないだろうか。錯覚ではなく「いる」の定義が不十分なのではないのだろうか。
単に何かが高速でスキャンニングしているだけではないのか。あるいはメタ的問題の為、
自分自身を定義することは本質的に無理なのではないのか。
もし「意識」とはが分かったとした場合、それはやはり仕組みとしての説明なのだろうか。
私はどうしてもそうは思えません。近代物理学における存在の問題に量子力学的概念が導入
されたことにより説明体型ががらりと変わったように、先生の言われる何か新しい概念の
飛躍が出てきて初めて「意識」の問題に近寄れるように思っています。
システム仕様書、プログラム仕様書しか書いたことがありませんので、支離滅裂な文章ですが
また投稿させて頂きます。
茂木先生へ
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